an autumn fragrance

 タバコを買いに十八時半くらいに外へでたら、かなり涼しい。吃驚した。いかに自分の部屋の風通しが悪いのか、身をもって知りました。自分の内にある気持ちと呼応して、そこにある空気が、もん、もん、むん、むん、としていることにも。最近は押入れの中で雨漏りもするしね。ま、引っ越す金もないんだけど。この雨漏りのせいで、雨漏りのする押入れを書庫代りにしているので、中の本が十五冊くらいやられてしまいました。残念。ページを捲ろうとすると、くっついて剥がれないは、生えた黴がもわっと飛び散るはで。何度も読み返すような本がそんなに含まれていなかったのが不幸中の幸い、ということで。
 たまに、「読まないのになぜ取っておくの」「どうして捨てないの」ということを僕にのたまう輩がいます。余計なお世話です。でも、まっとうな意見です。日本の家屋事情を斟酌して物言いするあなたたちは非常に正しい。全き正論です。しかし、それでも僕なりの理由はあります。
 まずひとつには、貧乏性だから、ということ。実も蓋もありませんが。そういうことです。表向きには「一度読んだ本には情が移るから売りたくないんだよねぇ」ということになっていますが、その文言を意訳すれば「またいつ読みたくなるかわからない。もし、そうなったとき本を売ってしまっていたら。また買わなきゃいけなくなるじゃん」ということになります。表現って表裏一体、面従腹背、和魂洋才、です。あとのひとつは違うな。ある一面を捉えてはいるけど。
 ふたつ目には、面倒臭がり屋だから、ということ。必要なことはします。生きていく上で当然です。誰かを愛する、人を好きになる、その反対のことをする、タバコを吸う、文章を書く、本を読む、音楽を聴く、写真を撮る、服を着る、仕事をする、酒を呑む、食べるものを食べる、ね。以上、一応、順不同ということで。しかし、本を売るのは生存に必要のない行為です。本を売りに行くのも、買取に来てもらうのも、必要のないこと。見ず知らずの買取の人を部屋に入れるのもいやだし。今、単なる駄々っ子なんだけど、自分。
 もうひとつには、ええカッコしいだから、ということ。つまり自意識過剰、羞恥心欠落、自尊心肥大というやつです。そうです、僕は、「人間」として「まずい」というカテゴリーに属しているものですから。「人」「ひと」として、ではありませんよ。ここのところが理解できない人は放置プレイです。これ以上、説明しません。悪しからず。蒐集者の基本的構成要素を僕は満たしています。自分の存在を表すために物質に頼りすぎる傾向が強いのですね。例えば、今まで読んだ本を並べて、眺めて、自分の存在の拠りどころにするとか。レコードもCDもジーンズも同様。今はちょっと恥ずかしさを感じるようになったので、なるべくしまうようにしていますが。それらを、読んで泣き笑い、聴いて泣き笑い、見て泣き笑い、着て泣き笑い。もちろん、誰かを好きになって泣き笑いもします。だいだい泣き98%、笑い2%くらいですな。実はこれがいちばん重要なんだけど、本や音楽や着物という話題からは外れてしまうので、これ以上は言及しません。それはいいとして、それらは僕が生きるために絶対不可欠な行為です。じゃなけりゃ今頃、とっくに死んでいます。きっと。しかし、爺様は車と金と女、親父は絵画と酒、叔父は美術全般。みんなそれで身を滅ぼしています、はい。もうこれはどうしようもありません。おそらく、僕の家系における血統的伝統でしょう。どうも社会で生きるために必要不可欠な要素をDNAから切り捨ててきたようです。先祖代々。そして、ご先祖様から伝わる我が家の重要要素は、競争を極力避けるための知恵、物の美に対して動く心、ま、至って低レヴェルですが、これがええカッコしいの根源ですね、世捨て人思想、などなど。表層で、ふらりふらり。抗おうとはするのですが、なかなか。如何せん、重要な局面において血が騒ぎだします。どうでもいいときにはおとなしくしているんだけどね。血。いらないときに限って。ったく。ちなみにこの血は、男ども以外、受け継がないようです。親父も叔父も、今は亡き祖父も、そして僕も、みんな受け継いでいます。それぞれの時代の波に翻弄されながらの生活で、みなさん育った環境が違うのですが、性質・気質はほぼ同じです。やはり、抗えないし、侮れません。血。結果、他家に嫁がれた女性陣の連れ合いの方々に迷惑を掛けることが多々あります。うちの男性陣。でも、僕はまだ迷惑を掛けていません。ちょっとだけ出来がいいので。本人だけがそう思っているのかもしれませんが。自意識による小さな自慢です。誇れるものが何もないんで、ここだけは許してください。
 なんか、抗うだけ無駄なような気がしてきました。血。そこで、抗うのはやめて、どうやって生かしていくか、そこだけを考えていくことにします。そう考える方が真っ当至極ではありませんか。
 結局、何を言いたかったのかというと、僕に正論は通用しないということが言いたかったのです。そして、血のせいにしたかったのです。こういうと、実も蓋もあったもんじゃないですね。でも、いいんです。
 文体が変わったって。ええ、変えました。大した意味はありません。そんなもんです、人生なんて。しかも、秋の匂いを嗅いでしまいましたから。街のいたるところで。
 気分、なのです。