天気予報は雨。雨が降れば部屋の窓を開けておくことができない。
陽が落ちて都市部独特の明るい闇と化した空がストロボライトのように光る。風が徐々に強く、冷たくなっていく。
通りの行く人の声が開け放った窓に飛びこんでくる。
「すごいね」「やばいね」「おわっ」
その声の裏側に雷鳴が遠くの方から響いてくる。こどものきゃっきゃっという声が聞こえる。赤ん坊の泣き声が聞こえる。
部屋の窓から見える東横線の高架を電車が時折光る空の下を走っていく。
隣の部屋に行き、ベランダから空を撮ろうとする。なかなか撮れない。
左腕に雨粒が当たった。強い風に乗って窓から入ってきた。
あわてて窓を閉める。雨は大粒のまま、その量を増していった。雷鳴がだんだん近くに寄ってくるのがその音の解像度からわかる。
いつまで降るのかな、などと思う。
さっき作って食べた野菜炒めがとてもおいしかったことを思う。
通りから人影が消えた。
残っている仕事を片付けなきゃと思う。
車がタイヤで水を撥ね飛ばす音をたてながら、通りを走り去ったのがわかる。
窓から通りを眺める。斜め向かいのマンションの壁を雨が洗っているのがわかる。
空が光った瞬間、何かを割いたような音が響いた。そのあと何かが爆発したような音が響いた。
コインランドリーから女と男がでてくるのが見える。
「さあ、行くよ」
透明の小さな傘を差した、ピンクのキャミソールを着た女が連れの男をせかすように言った。それは自分の背中を押すためにも言っているのだろう。長髪を後頭部に結び、黒いタンクトップを着た男が黒い大きなスポーツバックを抱えて女の後につづいた。二人ともビーサンを履いていた。
その瞬間、空が真っ白になる。女が動揺する。男は表情を変えず、激しい雨に抗うかのように肩をいからせて小走りに雨の中を行く。
女は、似ていた。心動かす人に、遠目からだが、すこしだけ、似ていた。悲しくなった。なぜかはわからない。
本当は似ていないのかもしれない。そう映るように頭が目に命令を下したのかもしれない。
また心が一人相撲を取りはじめた。降る雨はそのスイッチなのだろう。自然現象は自分の意志でオン/オフができない。
電信柱の下に白いゴミ袋がひとつだけ置かれているのに気付く。
いつの間にか、雨がやんでいた。通りに人の声が戻ってきた。笑い声が聞こえる。
さっき感じた心だけが置き去りにされたような気がした。
仕事をしようと思う。それがオン/オフになればな、と願いながら。