a dead dove

 夕方、煙草を買いに駅の方へ足を運んだ。いつもの道順を、いつもの通りを歩いていった。雨が近いのだろうか、昨日よりはいくらか涼しく、少しく気持ちのいい風も通りを吹き抜けていった。

 いつものガード下へ向って歩いていた。鳩が一羽、車に轢かれたのであろう、その身体をバラバラにされ、圧縮され、その肉体を還元することのないアスファルトの上で息絶えていた。
 黒褐色のアスファルトの上には羽毛が、かろうじて原型をとどめ、飛び散っていた。夏の熱い空気は、流動していたはずの赤い血液は凝固させていた。そして、道に乾燥してこびりついているように見えた。視線をわずかに移すと、アイボリー色が混ざったような白色の骨が露出した羽根が、すこし前まで躍動していたはずの千切れた筋肉とともに、あっけなく道の上に落ちていた。風が吹き抜けて、その肉塊についている羽根を揺らしていた。また視線を移すと、胴体の中に緻密に構成されていた内臓は乾涸びはじめながら、一目で引きずられたのが見て取れるように、直線的に、そして平面に圧縮されていた。
 左の尻ポケットからカメラを出した。まず、羽根であったものの影を収めた。そして、平面に伸された胴体であったものを。内に罪悪感がこみあげてきた。僕は、心の中で手を合わせるという偽善をしながら、その生命が「もの」と化した影を、カメラの電子情報に変換して収めた。

 いくばくかの心をそこにおいて、駅の方へ向った。二匹の猫に逢った。白い車の下で、微妙な距離を保ち、日差しを避けながらくつろいでいた。生命を収めている、生ける容器を写し取る。その後「もういいだろ」といった感じで、猫たちは僕を歓迎ぜざる客として扱い、次の安寧の場所へ向っていった。
 扇風機を物色するために途中、ディスカウント店に立ち寄った。季節柄か、その店には扇風機が一台もなかった。季節向けのものは、先取りして動かなければならないことをあらためて思い知らされた。
 駅の隣にある煙草屋の前で、財布を開くと同時に、何枚かの百円玉が地面に落ちた。気付いた分だけの百円玉を拾い、財布の中に入れた。後ろから女性の声がした。
「あんたのうしろに、ほれ、もう一枚」
 僕は思いっきり偽善者ならではの笑顔を作りながら、その声の主に言葉を投げた。
「あぁ、すみません」
 ありがとう、と言おうとしたが、相手と目線が合った瞬間、何も言えなくなってしまった。女性は笑顔とともに立ち去った。結局、いつものように、すみません、が先になってしまった。僕にとって感謝の言葉は、やはり、二の次なのだろうか。
 そして、いつもの煙草を三箱、買った。

 帰り道、缶コーヒーを買い、いつもの小さな公園へ向った。いたるところ塗装の剥げた鉄製の藤棚の下でぼうっとした。ごみを捨てに来る初老の人、子供を遊ばせる母親、煙草とコーヒーを片手に休憩している近くの現場で働いているのだろう肉体労働の人。ワイシャツをいくらか濡らした営業マン風の人。公園はそのとき、何でも受け入れる胃袋のようにそこにあった。

 あのガード下へ、別の道から到った。さっきと同じ光景が広がっていた。違うのは僕が通ってきた道順と視線の角度と戻らない時間、そして光の強さという要素だ。
 そんな光景にすこしだけ心を乱していると、高架橋と桁の隙間から、普段は聞き慣れた鳩の鳴き声がしてきた。
 鳴き声はそこにあった光景の意味を変えたような気が、すこしだけした。僕の心は、その鳴き声を、泣き声として、それまであった存在の不在を嘆く声として耳に捉えさせた。しても何の意味もない、音の擬人化をした。
 低く、暗く、ゆらりと、鳩の鳴き声がガード下の空間に響いていた。
 ロマンティスト? 夢想家?
 少なくとも、完全なる現実主義者ではないね。そりゃ鳥であれ豚であれ、肉は喰らうけどさ。こうして動物の死体を見れば憐れみの心を動かし、一方ではスーパーで買ってきた肉片を喰らうような、偽善アズ・ナンバーワンの人間ですわ。
 そんな風に、僕はその場でひとりごちた。

 鳩の死体という「もの」は、いま、これを書いている最中もそこに変わらずある。ただ、それだけのことだ。それが風景というものだろう。なのに、僕は意味を見つけだそうとする。そんな無駄なことをしようとする自分を恨みつつ。

 いま、テレヴィのブラウン管は、衆議院が解散した瞬間を映し出している。茶番。それ以外のなにものでもない。
 この国には政治がないような気がする。今日もまた、それが繰り返し証明され、風景としてそこにひろがっている。