swallow / typhoon

 台風がやってきた。

 先日まで行っていた仕事場の向かいにあるコンビニの軒先に、燕の巣がある。
 何匹かの雛が親鳥の運んでくる餌をまっていた。親鳥がどこかで餌である虫を捕まえてきては、大きく開いた雛の口の中へ落とし込んでいく。嘴の先に黒い虫を啄ばんだ親鳥が忙しく空と巣の間を往復する姿を、仕事の合間に眺めていた。

 その日は、台風が夕方に上陸するだろうという天気予報が世間に流れていた。予想されるルートはこの頭上だ。
 いつものように、仕事の合間、遅い昼食を買いにコンビニへ行った。見上げてみた。巣の中にはまだ雛たちがいた。羽毛の色は親鳥とさほど変わらないように見えた。そして、今にも巣からこぼれ落ちそうなくらい、その身体は成長していた。
 強い風が吹いたら、どうなるのだろう。雛たちはその身体を地面に落としてしまうのだろうか。親鳥はそんな雛たちを黙って見ているしかないのだろうか。自然が自然によって無慈悲に変えられていく姿を、指をくわえて見ているしかないのだろうか。柄にもなく、僕は心配した。何もできないくせに。

 翌日は青い空が広がっていた。台風一過特有の南風が吹き込んで、いやな暑さの一日になった。儀式に出席するかのようにコンビニへ出かけた。コンビニに入る前に、巣のある方を見上げた。
 巣に雛たちはいなかった。空っぽだった。視線を移すと、仕事場のある建物の茶色の壁から出っ張った、おそらくボイラーにつながっているだろう鉄管の上に、親鳥らしき燕がたたずんでいるのが見えた。親鳥は時折毛づくろいをする素振りをしながら、正面にある空になった巣の方を見ていた。
 やはりだめだったのか。昼食を買い終えた僕はそう思いながら、コンビニの前にある灰皿の脇で煙草を吸った。ずっと親鳥を眺めた。親鳥は飛び立つ様子もなく、じっと、そこに佇んでいた。

 次の仕事が一段落してから、煙草を吸うためにもう一度コンビニへ出かけた。
 鳥の声が聞こえた。何羽かいるらしく、会話しているかのように鳥の声が聞こえた。煙草に火をつけてから、その声がする方へ足を向けた。
 空を見上げた。喧しく鳴きながら、四羽の燕が電線につかまっていた。
 あの、雛たちだろうか。台風の風は雛たちをさらわず、巣立ちを促したのだろうか。それともあの雛たちとは違う、別の燕たちなのだろうか。僕の頭の中ははてなマークだらけになった。
 夏の強い光に目を細めながら、立ちのぼる煙草の煙とともに、その燕たちを眺めていた。
 一羽の燕が飛んだ。風も強くないのに、それはたどたどしい飛び方だった。ふらりふらりと、力強さを欠いた羽ばたきで辺りを飛んだと思ったら、またすぐに、もといた電線に舞い戻った。
 四羽はまた、けたたましく鳴きはじめた。
 親鳥の姿が、どこにもないことに気づいた。

 台風もたまには粋なことをする。