i saw a black swallowtail.

 梅雨が明けた今日、月曜日。差す光が本当に夏が来たことを告げているような気がした。
 煙草を買いに駅の近くにある煙草屋まで歩いた。だが、煙草屋は休みだった。いつものおじさんの顔を見れないのが残念だった。自動販売機で買った。汗はそれほど出なかった。

 部屋に戻ってから、洗濯をした。
 普段は土曜日の仕事を終えて帰宅したあと、夜中にコインランドリーへ行く。だが、先週の土曜日は何もしたくない気分だったので、溜めた洗濯物をそのまま放っておいた。コインランドリーへ行く段になって、先々週洗濯した物がランドリーケースの中、そのままになっていることに気づいた。すべて皺になっていた。畳むのをおざなりにしていたことを忘れていた。そこにあったものはすべて、もう一度洗うことにした。
 コインランドリーは部屋ある建物の向かいにある。洗濯機のなかに物を放り込んだら部屋へ戻るがいつもの行動パターンだ。今日もそうしようとした。

 そのとき、目の前を一羽の蝶が横切った。黒アゲハだった。そのピンと張りつめた羽根は夏の日差しを集め、きらめいて見えた。美しかった。その羽根で、夏の光と熱い空気の間をたゆたうかのように、ゆらりゆらりと飛んでいた。
 黒アゲハは僕の視線の先をかすめると、一軒隣のカフェの前に植えてある木の周りを、ひらりひらりと飛び始めた。少しだけ速めに、しかし優雅に、その羽根を羽ばたかせながら。次に、木の下にある植木鉢の赤い花へ向かった。花は黒アゲハを歓迎しているかのような開かれた赤さを帯びていた。黒アゲハと赤い花が戯れているように見えた。羽根を休めるところを探してその赤い花の周囲を飛んでいるように、僕には見えた。

 黒アゲハが赤い花に止まりかけた瞬間、少し強めの風が吹いた。大きな羽根を持つ黒アゲハは風に煽られ、カフェの建物の壁沿いに舞い上がっていった。
 あっという間に二階建ての屋根を越えた。僕は黒アゲハが降りてくることを期待して、空になった青いランドリーケースを肩に担ぎながら、その行方を見守った。その姿をずっと見ていたかった。風がやむのを待った。
 ほんのしばらくの間、黒アゲハはその高さから下を俯瞰するのがさも楽しげに舞っていた。

 その後、意に反して、黒アゲハはまた風に煽られ、その身体をどんどん上昇させていった。羽根がせわしなく揺らいでいた。しかし、吹く風に抗おうとしているようには見えなかった。
 隣にある八階建ての白いマンションの壁にぶつかりそうになった。また、風が吹いた。さらに煽られ、上へ上へと空へ向かって上昇した。そして、テレビのアンテナや避雷針が立っているマンションの屋上の向こうへとその姿を消した。

 黒アゲハは夏の風にさらわれてしまった。だが、蝶はそうして生きる生物だ。だから、高みにもたどりつくことができる。

 下でしばらく待ったが、黒アゲハが二度とその姿を現すことはなかった。位置を変えて別な角度から、姿を消した建物の上の方を見上げてもみた。ただ、いつもの風景が目の前にひろがっているだけだった。
 不意に、涙がこぼれた。