"please stay"

 仕事の合間、非常階段で煙草を吸っていると、頭上から鳥の、とても美しく澄んだ、歌うようなさえずりが聴こえた。
 日頃聴いている鳥の声といえば烏と雀の鳴き声がほとんどだから、一瞬耳を疑った。こんなビルが立ち並ぶような風景の中で、こんなにきれいな鳥のさえずりが聴こえてよいものかと。
 湿って重たい空気の中、踊り場から少しだけ身を乗り出して、斜め上に視線を走らせてみた。果たして、小さな鳥が所在なさげに、隣のビルのベランダの手摺に佇んでいた。しばらくすると、今度は狂ったように、そのきれいな声で連続してさえずり始めた。
 仲間を呼んでいるのだろうか。誰かに何かを伝えたかったのだろうか。鳥の生態にはまったく通じていないのでわからなかった。迷い込んだのだろうか。右も左もわからぬ場所で、自分の存在を確かめるために喚いていたのだろうか。
 そのうち、どこかへと飛び立っていった。小さな羽根をせわしなくばたつかせながら。ちょうど、僕も仕事へ戻らなければならない時間になっていた。

 そのさえずりが、まだ耳の奥に残っている。僕の心の中の、切なさを置いてある部分に刺激を加える。心を動かすたびに、また、聴こえてくる。