les nourritures terrestres

 (10.12 加筆修正)

 1×年前、僕は宮城に暮らしていた。県立白石高校というところに通っていた。
 今では珍しくなってしまった、公立の男子校である。
 隣の市にある同じ県立の男子校だった、角田高校と毎年定期戦というものをする。
 「白角定期戦」。「県南の慶早戦」と謳われ、毎年、テレヴィが取材に来るくらいの知名度もある。
 はっきり言って、命に近いものを賭けるような感じで行われる。
 その定期戦に向けての応援練習はかなり盛り上がる。
 練習の期間中、白高に通う生徒・教職員は、 朝、校門でありったけの大声を出して、 親の敵を取るように檄を飛ばさなければ、校内に入ることを許されない。
 搦手の坂を登る。校門の前にたどりつく。バッグをおろす。両足を肩幅に開く。両手を腰にあてる。そして、
「必勝!白高!!」
「打倒!角田!!」
「撃滅!角田!!」
「ベコ退治!!!」(「牛(ベコ)」は角高の所在地、臥牛城(=角田要害)跡から。プッw。ちなみに我が白高は益岡城(=白石城)跡にある)
 と、仰け反りながら、叫ぶ。腹の底から。喉が裂けるくらいに。
 それに応えてボロボロの臭う学ランを着た応援団員が、 「おーぅすっ」とエールを返してくれる。
 そして太鼓が「ドン」と鳴らされる。それが立ち入り許可の合図。
 声が小さいと、「もういっかいだっ、こらっ!」。 太鼓は鳴らない。
 それは立ち入り不可の合図。遅刻しても文句を言う権利はない。
 校長とて、例外ではない。
「だとーっ、かくだぁ~っ」(ところどころ裏声。額に血管が浮き上がる)
 そうして学び舎の1日が始まる。

 東北の遅い、うららかな春の陽気に包まれた、昼休み。
 しかしうちの高校は地獄絵図。1年生限定の「地獄」。
 プールサイドにある急な角度をもつスタンドで練習は行われる。
 1年生はゼロから歌(たぶん12種類くらい)を憶えなければならず、それぞれの歌に手拍子の数とか腕の振り方が決まっているので、それも憶えなければならない。あとはエールの3拍子ver.や7拍子ver.などなど。
 とにかく、すべて憶えなければならない。
 ほんの少しでもずれたり、間違ったりしたら、隣のスタンドに陣取る2・3年生のチェックが入る。
 たとえば、最後の拍子を手で打ったら、もう手のひらをもう一方の手のひらから浮かしてはならない。もし、もう一拍あると勘違いして、合わせた手のひら同士を離してまおうものなら…、
「おら"ぁ、そごのいぢねん! 前から2列め"っ!! おめだって、そうっ、おめ"っ!!! 手、止まんねーで、 浮いでだっで!!!! 浮いでだっちゃ!!!!!」
(こら、そこの1年生、前から2列目、君だよ、そう君。手拍子のとき最終拍で止まらなくて、手のひら浮いたよね。浮いてたよ)
 ご指名が入ります。
 同じ地域から来ている先輩/後輩の関係者からは、
「佐藤(さどー)っ!、おめ"だって!!」(佐藤くん、君だよ)という感じで固有名詞を大声で連呼される。
 そして2・3年生陣取るスタンド前へ、応援団員に学生服のカラーを掴まれながら引き出され、終了まで、正座。
 当然、鉢巻の表裏違い(正面からは「白高」と見えるはずが、「高白」と見えてしまう)とか、襟のホックが閉まってないのも、正座の対象。「おだづなよ、おめ"っ!」(調子に乗るなよ、君)ということで、笑みも正座の対象になる。
 当然、上級生たちは金網をグワングワン揺すったり、金網越しに顔を突き合わせて、
「おめ"やるぎあんのがっ!、こらっ!!」(君、やる気あるのかい。ねぇ)
 と威嚇の嵐を敢行する。1年、うなだれたまま、ビビる。
 私服の2・3年生と学ラン姿の1年生とのコントラストがこの季節の白石高校の日常風景。
 校歌or旧制中学校歌の斉唱で〆。
 練習終了後、応援団のお説教が入る。
 そして、プールへ突き落とされる。どぼん。水面に波紋が広がっていく。着衣泳のはじまり。
 しかも突き落とされる奴は団長の気分次第で決定。
 まるでロシアンルーレット
 冷たいプールに落とされた奴はそのまま5限の授業を濡れたまま受ける。
 全員落とされたことも多々。
 そんな光景を、白高OBが多い教職員たちは、みんなと同じ鉢巻を頭に巻いてニコニコ見守っている。
 複数回正座すると、放課後、応援団の呼び出しを受け、屋上で「特訓」を受けなければならないという、更なる地獄が待っている。
 
 虐め、ではない。

 当然のように、応援練習をなんとか乗り切りたい1年生の間には噂が流れる。
「団長の眼が光ったら、7拍子」
 そんなチープな話も、この状況下では信憑性を醸しだす。
 当然、そんな噂の出所は、悪知恵のはたらく2or3年生。
 それを信じ、新たな犠牲者が出る。

 こっちの高校には、こういうバンカラな行事ってないのかな。
 あるような気がするんだけどな。

 現在、宮城県では県立高校の共学化が進められている。
 白石高校も例外ではない。県サイドから強い圧力がかかっているらしい。
 僕は、絶対反対。
 それによって消える「文化」がある。
 男女別学は決して差別なんかじゃない。
 学校教育の中で、男と女という性がコラボレイトして生まれる学校文化もあれば、女同士が、男同士がコラボレイトして生まれる学校文化もある。様々な人種、性別が織り上げる学校文化だってあっていい。
 どの「学校文化」に属したいのか。自分の存在を洗いあげていきたいのか。様々な選択肢が僕らに用意されていいはずだ。公立や私立という運営方法に関係なく。
 宮城の共学化は、差別の本質なんて考えたこともない暇で馬鹿な連中がやっていること。
 性差が差別だと思っているひとたち。おめでたいひとたち。
 じゃ、人はみんな生まれた瞬間に差別しているし、差別されていることになるのですか。
 先天的な性差は差別という概念に含まれない。
 後天的に生まれる線引きが差別なんだから。
 くだらない理由を押し付けて、線を引くこと。自分の存在を他者に対して相対的優位におくために「差別」という装置がある。僕らは自己の性能では受容しきれない他者をそうして区別する。
 生存するために。あるいは、自分の得た安楽な地位を守るために。自己のカタチを保全するために、他者のカタチを崩す。性能の差を、線を引くことによってあからさまにすることで再認識させ、その他者の反応から自己の感情を満足させるために、崩す。
 もっとも卑怯な、差別。
 これが人間対人間から町対町、国家対国家、宗教対宗教など、あらゆる位相において行われているのだ。テロや搾取という形式に姿を変えて。

 だから宮城だけでも、公立校の別学制を残してほしい。
 そして今まで培われてきた「文化」をこれからも伝えてほしい。
 なぜその「文化」を守らなければならないのか、考えてほしい。
 本質を蔑ろにした施策なんて、ごめんだ。
 でも、もうすでに、角田高校は共学化されてしまった。
 今の母校の男子たちは、共学になってしまった高校に対して、どんな気持ちで「打倒!角田!!」と檄を飛ばしているのだろうか。
 角高の女の子たちも含めて、思い浮かべて飛ばしているのだろうか。
 県教育関係の皆さん、そんな「文化」を無視したあなたたちの施策こそが「性差」に対する「差別」ではないのですか。