art pepper and my enthusiasm for stereo products

【音楽】

 帰宅早々、パソコンの電源を入れ、外付HDDをUSBで繋ぎ、iTunesを起ち上げる。そして、ジャンルを"Jazz"に合わせて、アーティストからArt Pepperを選択する。Art Pepperのアルバムは一枚しか持っていないから、おのずとHDDに入っている音源の中から選べるのはこれしかない。"Art Pepper Meets The Rhythm Section"である。一曲目は"You'd Be So Nice To Come Home"。Artの吹くスムースながらも陰翳のあるアルト・サックスの音色、只者ではないのが一聴して分かるアドリブのフレーズが仕事机の上に設置されたミニサイズのスピーカーから聴こえる。

 今日の仕事からの帰り道、久しぶりに本を読みながら電車に揺られた。読んでいる本は『サウンド・オブ・ジャズ!―JBLとぼくがみた音』(新風舎文庫752)。岩手県は一関市でオーディオ・マニアとジャズ・マニアなら知らぬ者はいない店「ベイシー(Basie)」(「ジャズ喫茶」と呼んでいいものかどうか逡巡している)を営んでいる菅原正二氏が書いたエッセイである。正確に言えば、菅原氏が『ステレオサウンド』誌に連載していたエッセイを編んだものだ。この本は文庫化されても高値が付きがちでなかなか購入に踏み切れなかったのだが、先日、たまたま覗いたAmazonのマーケット・プレイスにて著者サインと判子入りの初版本が手ごろな値付けで出品されていたので、それを見た瞬間にカートに入れ、レジを通して手に入れた。そして数日後、無事に手許に到着した。

 今日読んだ部分にArt Pepperをかける場面が描かれていたので、感化されてArtを聴きたくなった。それで帰宅するなり、このような仕儀に相成ったわけである。

 まだ八十頁強しか読んでいないのだが、菅原氏の音楽への対し方に興味をそそられる。「音は見るもの」というフレーズには、氏の音楽へののめり込み方とオーディオ・マニアの機材の追い込み方が同時に垣間見れる。また、機材、主にウーファー・ユニットやツイーターなどのパーツに関しての氏のスタンスのとり方や考え方など、なるほどと思わせる。言い換えれば、とても勉強になり、為になる。特に、エンクロージャー作りから機材の性能を最大限以上に発揮させるためにセッティングを追い込んでいく様はさすが氏である。母校早稲田大学で初期のマニアックな人脈を作り、そしてその後、店を開き、様々なジャンルのディープな人々と知己を得る氏のポテンシャルとキャラクターがうらやましい。

 オーディオに凝りはじめていた数年前に、この本を読んでおきたかったと、はじまりの八十頁でちょっとした後悔の念を抱いた。

 僕はその頃、音楽やオーディオに対する無知から、アナログ・CD・MP3・WAVなど色々な音源媒体に手を出していた。そして、それらの音を聴くためにSANSUIやLuxmanNECのアンプを手に入れた(SANSUI AU-D707X Decade/AU-α607DR/AU-α607NRA/Luxman L-400/NEC A-10Ⅲ)。スピーカーは昔同棲していた女の子が残していったBOSEの101MMにはじまり、情報に振り回されながらJBLのJ216、BOSE125 WestBorough、SONYのSS-86E、そして、JBLの4312Aと4311Aなどを揃えた。レコード・プレイヤーはTechnics SL-1200MK3を使っていた。DJプレイをしたかったからである。ほとんどの機材は、信頼できる店で品物を買えるような財力がなかったので、ヤフー・オークションかフリーマーケットで手に入れた。ケーブル類にも凝った。あくまでも手に入る範囲の値段のものであったが。たいした耳を持っているわけでもないのに、音源によってそれらアンプやスピーカーの特徴を生かした機材の選択をしているつもりだった。そうやって音楽を聴いていたのだが、その都度満足するには至らなかった。金がないなりに物欲的には満足していたのかもしれない。あるいは、オークションで「いいモノを安く手に入れた」と思うことで自尊心を保っていたのかもしれない。

 その後、経済的にさらに落ちぶれて、あの頃に揃えたオーディオ機材のすべてを売り払ってしまった。聴く音楽関係の機材だけではなく、奏でるための機材、ギターやベース、キーボードも売り払ってしまった。音楽を人様の前で演奏する才能なんぞこれっぽちも自分にはないのが分かったからである。

 この本を読み始めて、数年前のオーディオ・ライフを少し書き残してみたくなった。しかし、同じくらいの年頃にオーディオに関係しているのだが、何なのだろうか、菅原氏と僕の人生の落差は。僕は今、仕事机の上にSONYのUDA-1(DACアンプ)とJBLの4312MⅡ(スピーカー)のセットを組み、それらを用いて音楽を聴いている。両者とも巷では評判が分かれている機材だが、この現在のデスクトップ・ミュージック環境に満足しているふりをしている自分がいるのもまた事実である。

 菅原氏は言う。「大音響でうるさくない、気持ちのいい音が出せるようになれば、そのまま小音量にしぼっても素晴らしい音がするものだ。大音量ですべてのアラをさらけ出しておいて音を作り、実際にはそのずっと下の適音で聴くのがいい」――蓋し、名言である。しかし、僕の住環境でそうするのは不可能である。

 はてさて、どうしたものか。さらに読み進み、智慧を深めなければ。先人の智慧は百金より重し。

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