with a cockroach

 月曜日、Mの後期レギュラー講義開始から今期の仕事の後半戦が始まった。この業界においてはあと数ヶ月の働きが来年度の仕事の有無や量を左右する。春から夏にかけて蓄積した疲れをとる暇もほとんどなく、一週目が始まったという感じだ。でも、このように写真や文章をほんの少しでも書けるようになったので、以前の状態と比べて少しはましになった、というべきか。とはいえ、来週の頭からSの後期講義も始まり小○文の添削物が鬼のように湧いてくるので、また以前と同じ状態に戻るのだろう。それは覚悟の上。低能の僕がこの業界で働くためには、それくらい自分を追い込まなければすぐにやっていけなくなるのは眼に見えている。
 とりあえずMの一週目を通過したということで、今晩は自分へのご褒美をかねていつものラーメン屋で煮玉子をつまみにビール一本、引っ掛けてきた。
 煮玉子を頬張り、一杯目のビールを引っ掛けたところで、厨房とカウンターを隔てる衝立の隙間から薄茶色の中くらいのゴキブリが現れた。触角をゆらりゆらりとさせ、どこへ進むべきか思案しながら、煮玉子が盛り付けられた白い楕円形の皿の回りを行っては戻り、戻ってはまた前に進みを繰り返していた。そんな光景を飲みながら眺めた。以前の僕であれば悪寒が走り気分もなにもあったものじゃない状態になっていたのだろうが、今回の僕はじたばたすることはなかった。世界に対する感覚が鈍っているのが分かる。精神の状態でもなく、ましてや薬のせいでもないと思う。ただ単に、物事に動じなくなりつつある年齢になりつつあるのだ。とはいっても、大きく黒々とコールタールのようなぬめりをもった身体を持つゴキブリが出てくれば話は別だろうが。でも今晩は、薄茶色のそいつと仲良く飲んだ食事、前半戦だった。
 よくよく考えてみれば、ありえないだろうが、ゴキブリが一匹もいない食事処は怖い。「清潔」を謳ってゴキブリやネズミを排除するために化学薬品を撒き散らかした厨房で作られたものを食すのは、イメージとは反対に毒を喰らっているようなものではないか。とはいっても、病原菌を媒介する可能性の方が高いのだから、駆除するのは当然といえば当然なのだが。しかし、人が行うその科学的行為自体が人自身に悪影響も与えていると考えれば、なにか生物同士の喧嘩両成敗のような気もしてこないではない。
 現実的選択をしながら食すのか、イメージを重視しながら食すのか。僕にとってはどちらも必要である。綺麗な所で好きな人と一緒に食べたり飲んだりすることも重要だし、小汚い店で一人うちひしがれながら飲んだり食べたりすることもまた必要な行為である。そうやってとるバランスが必要であることを今晩現れたゴキブリが再確認させてくれた。今晩のゴキブリさんはよき呑み友達だったのである。
 ま、それが分かったところで何もうまく回っていくはずもないのも分かっている。そんな自分の馬鹿さ加減を認識するのも人生におけるバランスのとり方なのである。僕の場合、それを受容した振りをして仕事するために、生きるために薬が必要だが。