the meaning that i take a photograph.

なんだろう、と考えてみた。
そしてひとつだけわかったこと。
それは誰かを傷つけなければ自分の存在を維持することができない、ということ。
誰かに、つねに傍にいて助けてもらえるわけがない。
自分が救われるということは同時に誰かが身代わりになり傷ついているということ。
だから写真を撮る。
別に格好をつけて言っているわけでもなく、ただただそう思う。
名も知らぬ誰かを傷つけ、ただある世界に傷をつけ、
そこに自分の視線の痕跡を残し、それを衆目の下に曝け出すことで自分の存在を確かめる。
なんて自意識過剰な行為なんだろうと思う。
なんと罪深い行為なのだろうと思う。
おそらく程度の違いこそあれ、救い出してくれる存在を待ち焦がれているのだろう。
救い出してくれるはいい過ぎだ。
どこかの世界へ僕を連れていってくれる存在を待ち焦がれている。
それは異性の人間でも同性の人間でも何かの行為自体でも、存在としてあればなんでもいい。
その存在に拮抗する自分を確かめられればそれでいい。
こっちのほうが正しい。
アホな自分には特に。
甘チャンだから。自分。
こうやって言い訳ばかりしているし。
でも、すでにそうジタバタするように仕組まれていたのだと運命論的に考えれば、
それに抗うのもなにか変だろうし、なにより格好悪すぎる。
格好悪いのはいやだ。
嫌いだ。

ただでさえ人間に生まれたことが格好悪いのだから。
猫を見てると、なんだかそう思う。

でもまだほかに理由がある。
それはまた考えてみることにする。

世界を、誰かを恨んでるわけではない。
誰かが言っている「クソったれな世界」だなんて思わないもの。
そんなだったら笑っているひとなんて誰もいるはずもないよね。
この世界に酸素は満ち満ちている。
どの酸素を吸うか吸わないか、鼻からか口からか肌からか、味わうか味わないかなんて、
僕の意志で決めること。
あなたの意志で決めること。
どこにある、いつの酸素を吸うかも僕らの心ひとつ。
それをどれだけ吸い込むかも僕らの心ひとつ。
だと思う。

――――――――――――――――――――
「酸素の満ちている」一曲 : “ Radio” by Teenage Fanclub

… 僕の大好き、というか数少ない「お師匠さん」なバンド、Teenage Fanclub
  この曲には自分的に「なんだかなぁ」な裏話がある。
  もう初来日ライヴから10年以上経ち何度も来日し何度も見ているのだが、
  僕がライヴに行く日に限ってこの “ Radio” だけは演奏しなかったのだ。
  他の日はやっているのに。さすがに全日程に足を運べるはずもなく。
  いつもいつも「なんでぇ…」(涙涙涙)(←Damnedの”neat neat neat”みたいだな…)
  “Catholic Education” “Bandwagonesque”など、
  すべてのアルバムに収録されている曲たちも大好きだけど、
  “Thirteen” に収録されているこの曲はその中でも、「絶対に聴きたいっ」曲、つまり心の一番だった。
  そしてこの曲をライヴではじめて聴けたのが「2003年3月8日土曜日、赤坂BLITZ」。当然括弧書き。
  追加公演で、はじめは行く予定はなかった。
  しかもこの日は仕事の都合で開演時間には間に合わなかった。
  それでも1曲目の"Hang On"が終わる寸前にBlitzに入れた。
  それから何曲かやりまたしばらくしてこの曲をやるよってMCが聞こえてイントロが流れ出した。
  泣けてきました。いや泣きました。
  年甲斐もなく泣き笑いしながらモッシュモッシュモッシュ
  あの瞬間に至るまでに10年の時が流れて去っていました。
  でも恨みはありません。
  ありがとう。
  
  「ラジオなんか止めてしまえと思うよ」
  「こんな曲なんか聴きたくないよ」
  「昨日を考えることなんてできない」
  「僕らのしてたことは間違っていたかもしれないんだから」
  「今、きみは僕の日々を照らしだしてくれる」
  「きみのものの見方で」
  「新鮮で、めちゃくちゃ格好のいい、きみのものの見方で」
  「親愛なるきみ、きみのスタイルの裏にはちゃんとした理由付けがある」
  「きみはピッタリはまるフレーズを見つけて、それを味わうんだ」
  「僕はね、きみの歌を聴くのが大好きなんだよ」
  「AMラジオでね」
  「なんできみは動きだそうとさえしないの」
  「わかんないよ、君のすぐ傍までチャンスが来ているのにね」
  「きみの揚げ足を取ろうとしたって、逆に失敗するのは僕のほうだよ」
  「きみは僕の若い頃をしってるかい?」
  「そのとき一番新しくてあっというまに消えてなくなる流行という狂気を顔を塗りたくっていたものさ」
  「ラジオでね」
  (以上耳コピ訳)

  ―もうなにも言うことはありません。
   Gerald Love ありがとう。

――――――――――――――――――――